|| どう考えても正しいけど理由が分からないもの
「正しいとしか思えない仮定」のこと
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公理の歴史的背景
この概念の起源は古く
\begin{array}{lcl} 同一律 && それ自身はそれ自身である \\ \\ 排中律 && そうなるかならないかのどちらか \end{array}
遡れば紀元前の「アリストテレス」から始まり
(始まりは論理の基本法則として扱われていた)
\begin{array}{ccc} 哲学的論理 &\to& 幾何学的事実の宣言 \end{array}
そこから続く「ユークリッド」辺りから
もう「現代の公理」に似た形が出てきます。
(ユークリッド幾何学が原初の公理体系に当たる)
現代の公理
今の公理は整備されて
\begin{array}{lcl} 存在保証 && こういうのがある \\ \\ 性質宣言 && こうであってくれ \end{array}
その中身はこの2つで分解できるんですが
(この部分の詳細は整論理式あたりの知識が必要)
\begin{array}{lcl} ユークリッド幾何学 && 直感的な宣言 \\ \\ ヒルベルトの整理 && 記号的で統一的 \end{array}
これはこういった変遷を辿った結果で
昔はもっと直感的なものでした。
哲学的公理
これがいわゆる「直感的な公理」というやつで
\begin{array}{lll} 形而上学 & 存在論 & 自分は存在する \\ \\ 形而上学 & 真理 & 矛盾は生じない \\ \\ 形而上学 & 無限 & 無限は概念として成立する \\ \\ 形而上学 & 神 & 神は全知全能である \\ \\ 形而上学 & 本質 & あるものは本質を持つ \\ \\ 形而上学 & 時空間 & 空間は広がりを持つ \\ \\ \\ 認識論 && 自分は何かを認識できる \\ \\ 論理学 && 同一律や排中律 \\ \\ 美学 && 美を感じられる \\ \\ 倫理学 && 善は尊い \\ \\ 自然哲学 & & 自然法則は観測可能である \end{array}
こういうのがそれにあたります。
(これらがあらゆる推論の基盤になる)
数学的公理
これはちょっと専門的になっちゃうんですが
(感覚的な説明だと整論理式の説明が抜けてしまう)
\begin{array}{lcl} \mathrm{WFF}(A) &\Longleftrightarrow& Aは整論理式である \\ \\ \mathrm{True}(A) &\Longleftrightarrow& Aは無条件に真である \end{array}
「主張 A が公理である」の厳密な定義は
(「 A は公理である」を \mathrm{Axiom}(A) と略記)
\begin{array}{ccc} \mathrm{Axiom}(A) &\Longleftrightarrow& \mathrm{WFF}(A)∧\mathrm{True}(A) \end{array}
こんな感じになります。
(現代数学の成果から逆算して得られた定義)
