正しさ Truth


|| 正しいとはなんなのか

『視点』と『文』と『事実』を考える

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目次

 

視点「正しさを決めるフィルター」

   主観「個人が持ってる視点」

   客観「真理が見える存在の視点」

 

「正しさを判定できる最小の構造を含む」

   公理「存在とか全とか可能性とか必然性とか」

   定義「これはこうであるみたいなルール」

 

事実「最小単位の組み合わせで得られるもの」

   演繹的事実妥当な推論規則で得られた事実」

   統計的事実「傾向なんかを意味する事実」

 

 

 

 

 


正しい Truth

 

「正しい」とは何なのか

 

\begin{array}{lcl} 曖昧 &\to& 数学 \\ \\ 正しい? &\to& 正しい \end{array}

 

その解答は「数学」が提供してくれるんですが

 

\begin{array}{ccc} 数学 & \overset{難解さ}{\longrightarrow} & 分かる \end{array}

 

「厳密さ」を追求した結果

「数学」には「難解さ」という

一種の選別フィルターができてしまっているため

 

\begin{array}{ccc} 難解さ & \left\{ \begin{array}{l} 厳密に定義された用語 \\ \\ 中間が飛ばされた結論 \\ \\ 理解し辛い言い回し \end{array} \right. \end{array}

 

全ての人が理解することはできません。

(最低限の知性と根気が必要になる)

 

 

またこれに加え

「形式」の範囲の外側について

 

\begin{array}{ccc} 正しさ & \left\{ \begin{array}{l} 形式的な正しさ \\ \\ 感覚的な正しさ \end{array} \right. \end{array}

 

「数学」は正しさを保証してくれないので

形式」についての理解も求められてしまいます。

(形式的にする手順を知る必要がある)

 

 

 

 

 

翻訳と範囲拡大

 

これらの問題をできるだけ緩めて

(理解できる人間をできるだけ増やせるように)

 

\begin{array}{lcl} 厳密な用語 &\to& 簡単な言葉に翻訳 \\ \\ 多い用語 &\to& 必要な部分だけ \end{array}

 

より広い範囲で「正しさ」を考えられるようにした

(形式に限らず実感レベルに範囲を拡張)

 

\begin{array}{ccc} 形式的正しさだけ &\to& 感覚的正しさも \end{array}

 

それがこの記事の内容で

 

\begin{array}{ccc} 客観的正しさとは &\to& 主観的正しさで説明 \end{array}

 

その主題は「客観」ではなく「主観」になります。

(事実として人間は主観しか持ちえない)

 

 

 

 

 


視点 Filter

 

|| 正しさの基盤になるもの

「正しさ」の『最初の基準』になるもの

 

\begin{array}{ccc} 視点 & \left\{ \begin{array}{lcl} 真理が分かる視点 && 客観視点 \\ \\ 真理に近い視点 && 客観に近い主観 \\ \\ 制限された有限の視点 && 主観視点 \end{array} \right. \end{array}

 

「個人や立場で正しさが異なる」という事実

これを説明するための概念になります。

 

 

 

 

 

認識論公理と分岐

 

この記事で扱う「視点」は

 

\begin{array}{ccc} 視点である &\Longleftrightarrow& 情報を認識できる \end{array}

 

まずこのフィルターを前提としていて

情報は実用的数学基礎で定義したもの)

 

\begin{array}{ccc} 視点 & \left\{ \begin{array}{lcl} 主観 &\Longleftrightarrow& 有限個の情報のみ認識できる \\ \\ 客観 &\Longleftrightarrow& 無限個の情報も認識できる \end{array} \right. \end{array}

 

その後にこのような条件で分割しています。

(視点に要求されるのは情報を認識できることだけ)

 

 

 

 

 

主観 Subject

 

|| 個人が持ってる視点のこと

「有限の情報しか扱えない」視点のこと

 

\begin{array}{ccc} 主観 &←& 扱える情報の量が有限 \\ \\ 客観 &←& 扱える情報の量が無限 \end{array}

 

「人間が確認できる視点」は全てこれで

(ハードウェア的にも構成原子は有限個)

 

\begin{array}{ccc} \lnot 主観 & \Longleftrightarrow & 客観 \end{array}

 

「客観」とはこのような関係にあります。

(実際の客観は形而上の概念)

 

 

 

 

 

主観の同一性

 

「主観」の性質として

「中身を確認できる」という点は非常に重要で

 

\begin{array}{ccc} 主観A &=& 主観B \end{array}

 

「有限」という「要請的な定義」のおかげで

「同一の主観」を定義することが可能になります。

(中身が膨大でも有限個であるためいつか把握できる)

 

 

 

 

 

客観 Object

 

|| 無限の情報も扱える視点のこと

「全知全能」とも言える『真理が分かる視点』

 

\begin{array}{ccc} 客観視点 &\Longleftrightarrow & 絶対的な真理を導ける視点 \end{array}

 

「人間が持てない視点」で

「無限個の情報」を扱うことができます。

(これにより形而上の概念が確認可能になる)

 

 

 

 

 

客観に近い主観

 

『人間が持つ客観視点』は

 

\begin{array}{ccc} 客観に近い主観 &\subset& 主観 \end{array}

 

正確には「客観に近い主観」に該当するもので

 

\begin{array}{lcr} 確認できる無限 && ある性質を満たす全てのx \\ \\ 確認できない無限 && 全てのx \end{array}

 

「無限」という概念を認識できはしますが

「無限個の情報」を扱うことはできません。

(有限個の性質と具体例しか扱えない)

 

 

 

 

 

主観が扱える無限

 

現代数学の結論の一つとして

 

\begin{array}{ccc} 数学的無限 & \left\{ \begin{array}{lcl} 性質 && 有限個の記号 \\ \\ 性質を満たす全て && 有限個の記号 \\ \\ 非有界 & & 有限個の記号 \end{array} \right. \end{array}

 

「人間が扱える無限」は

『有限個の記号で表現できるもの』に限定されています。

(これ以外の無限は形而上のものになる)

 

\begin{array}{ccc} 5981371618351873 &\to& 自然数である \\ \\ 10^{9613758913763}+3859598 &\to& 自然数である \end{array}

 

「ある具体例」を用意すれば

「どれだけでも(無限的感覚)」確認可能なので

 

\begin{array}{ccc} 無限個の具体例 &\to& 全て確認できる \end{array}

 

「確認できる無限」であることは確実

 

\begin{array}{lcl} n は自然数の性質を満たす &\to& nは自然数 \\ \\ n+1 は自然数の性質を満たす &\to& n+1は自然数 \end{array}

 

「性質を満たす全て」という『枠』が

「無限」であるということを疑う余地はありません。

(非有界はアルキメデスの原理という形で有限記述可能)

 

 

 

 

 

アクセス可能な情報の量

 

しかし「実際に扱う具体例」に注目してみると

 

\begin{array}{ccc} 全ての具体例 & \left\{ \begin{array}{lcl} 確認した情報 && 有限個 \\ \\ 未確認の情報 && 無限個 \end{array} \right. \end{array}

 

『性質を満たす全て』という「枠」の中でも

「確認できる情報」は「有限個」に限られます。

 

\begin{array}{ccc} 性質を満たす全て &\to& 確認できる具体例は有限個 \end{array}

 

つまり「無限」を定義できはしても

「主観」では『中身の全て』は確認できないんです。

(定義できるのはあくまで有限個の記号で表現できる性質)

 

 

これが「客観」と「主観」の明確な違いで

 

\begin{array}{lcl} 主観 &\Longleftrightarrow& 有限個の情報にのみアクセス可能 \\ \\ 客観 &\Longleftrightarrow& 無限個の情報にもアクセス可能 \end{array}

 

「客観視点」では

『中身の全て』が確認可能になります。

(主観では確認に無限の時間を必要とする)

 

 

 

 

 


文 Sentence

 

|| 視点の中身を表現する記号

「言語表現」の中でも「構文的なもの」

 

\begin{array}{ccc} 言語表現 & \left\{ \begin{array}{cl} 文 & \left\{ \begin{array}{ll} 主張 & \left\{ \begin{array}{l} 論理的主張 \\ \\ 非論理的主張 \end{array} \right. \\ \\ 感想 \\ \\ 定型 \\ \\ 意思表示 & \left\{ \begin{array}{l} 宣言 \\ \\ 要望 \end{array} \right. \end{array} \right. \\ \\ \\ 呟き & \left\{ \begin{array}{ll} 感情表現 \\ \\ 相槌 \\ \\ 繋ぎ \\ \\ 呼びかけ \end{array} \right. \\ \\ \\ 例外 & \left\{ \begin{array}{l} 擬音語 \\ \\ 擬態語 \\ \\ 記号 \\ \\ その他 \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

この中で「真偽に関わるもの」は

 

\begin{array}{rcl} 論理的主張 && 真偽を判定できる可能性がある \\ \\ 非論理的主張 && 真偽を判定できない \end{array}

 

論理的主張」になります。

(真偽が確定するのは整論理式

 

 

 

 

 

正しさと無関係の文

 

「真偽に関わらない」ものについて

 

\begin{array}{ccc} 感想 & \left\{ \begin{array}{ll} 所感 & \left\{ \begin{array}{ccc} ~だと思える \\ \\ ~だと感じる \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 感覚 & \left\{ \begin{array}{ccc} ~が見えてる \\ \\ ~は柔らかい \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 感嘆 & \left\{ \begin{array}{ccc} ~はすごい \\ \\ ~は最高だ \\ \\ なんて~ \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 感情 & \left\{ \begin{array}{ccc} ~で嬉しい \\ \\ ~で悲しい \\ \\ \vdots \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

「感想」の詳細はこんな感じで

(要するに感じたことの報告)

 

\begin{array}{ccc} 疑問 &\left\{ \begin{array}{cc} AはBだよね? & \mathrm{is} \,\, A \,\, B \,\, ? \\ \\ 仮に~だとすると? & \mathrm{What} \,\, \mathrm{if} \,\, ~ \,\, ? \\ \\ ~って何? & \mathrm{What} \,\, \mathrm{is} \,\, ~ \\ \\ \vdots & \vdots \end{array} \right. \end{array}

 

「定型」に含まれる「疑問」はこんな感じ

(疑問文の分類は英語の方がしやすいかも)

 

\begin{array}{ccc} 定型 & \left\{ \begin{array}{llc} 疑問 \\ \\ \\ 挨拶 & \left\{ \begin{array}{c} おはよう \\ \\ よろしく \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 伝達 & \left\{ \begin{array}{ccc} はい \\ \\ いや \\ \\ ありがと \\ \\ ごめん \\ \\ お疲れ \\ \\ \vdots \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

「定型」の「挨拶」や「伝達」はこんな感じで

(呟きに近いものは定型の省略と解釈できる)

 

\begin{array}{ccc} 意思表示 & \left\{ \begin{array}{ll} 宣言 & \left\{ \begin{array}{ccc} AはBであるとする \\ \\ 私は~をしましょう \\ \\ 我々は~をします \\ \\ 今から~をします \\ \\ これから~をします \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 要望 & \left\{ \begin{array}{ccc} ~をしてください \\ \\ ~をしなさい \\ \\ \vdots \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

「意思表示」はこんな感じです。

(自分や相手の行動を促すこと全般)

 

 

そして「文」ではない

 

\begin{array}{ccc} 呟き & \left\{ \begin{array}{ll} 相槌 & \left\{ \begin{array}{ccc} なるほど \\ \\ そっか \\ \\ へえ \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 感情表現 & \left\{ \begin{array}{ccc} あっ \\ \\ まじか \\ \\ うおっ \\ \\ すご \\ \\ 最悪 \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 繋ぎ & \left\{ \begin{array}{c} まあ \\ \\ えっと \\ \\ ところで \\ \\ 実は \\ \\ 絶対 \\ \\ \vdots \end{array} \right. \\ \\ \\ 呼びかけ & \left\{ \begin{array}{c} ねえ \\ \\ おい \\ \\ もしもし \\ \\ ~さん \\ \\ \vdots \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

「呟き」はこんな感じになります。

(省略された構文でもない単一の語)

 

 

 

 

 

正しいと分かる可能性がある文

 

これは「数学における論理的主張」を

「真偽確定」から「真偽確定可能性」に拡張した概念で

 

\begin{array}{lcl} 数学的前提 && 整論理式の集まり \\ \\ 主観的前提 && 真偽確定の可能性がある主張の集まり \\ \\ \\ 数学的結論 && 1つの整論理式 \\ \\ 主観的結論 && 1つの真偽確定の可能性がある主張 \end{array}

 

より「感覚的な正しさ」に近い概念になります。

(数理的なものより抽象的かつ感覚的な論理的主張の意味)

 

\begin{array}{ccc} 数理外の論理的主張 & \left\{ \begin{array}{ll} ~である可能性がある \\ \\ ~は必然的である \\ \\ \\ ~しても良い \\ \\ ~すべきである \end{array} \right. \end{array}

 

なので数理段階の前では

こういったものも「論理的主張」に含まれます。

(より正確には論理的主張に感じられる)

 

 

 

 

 

公理 Axiom

 

|| 論理的主張の基盤になる特例

「前提を持たない論理的主張」の1つ

 

\begin{array}{lcl} 存在 && ~が存在する \\ \\ 可能性 && ~である可能性がある \end{array}

 

こういった形の論理的主張のことで

「主観」を通して真偽を確定させることができます。

(主観は目の前にあるものは存在すると確信できる)

 

 

 

 

 

主観公理

 

『人間の感覚』から分かるように

 

\begin{array}{lcl} 直感肯定公理 &\Longleftrightarrow& 正しいと感じられる主張が存在する \\ \\ 直感肯定公理 &\Longleftrightarrow& 真であると感じる主張が存在する \\ \\ \\ 直感肯定公理 &\Longrightarrow& 存在する主張Aを正しいと感じられる \\ \\ 直感肯定公理 &\Longrightarrow& 存在する主張Aは真だと感じる \end{array}

 

「感覚的な正しさの出発点」として

 

\begin{array}{ccc} 主観公理 & \left\{ \begin{array}{ll} 直感肯定 & 真であると感じる主張が存在する \\ \\ 直感否定 & 偽であると感じる主張が存在する \\ \\ 直感不定 & 現時点で真偽不明の主張が存在する \end{array} \right. \end{array}

 

このような「公理」は定めておく必要があります。

(この時点では真か偽か正解している必要は無い)

 

 

 

 

 

真偽確定可能性

 

「主観公理」を前提とすれば

 

\begin{array}{ccc} Aは真だと感じる &\Longrightarrow& Aには真偽確定可能性がある \\ \\ Bは偽だと感じる &\Longrightarrow& Bには真偽確定可能性がある \end{array}

 

これを循環なく定義できるので

 

\begin{array}{ccl} \mathrm{Possible}\Bigl( \mathrm{Bool}(A) \Bigr) &\Longleftrightarrow& Aには真偽確定可能性がある \\ \\ &\Longleftrightarrow& Aは主観公理のいずれかを満たす \end{array}

 

「真偽確定可能性」を厳密に定義できるようになり

これによって全体的な曖昧さを排除することができます。

 

 

 

 

 

定義 Definition

 

|| これはこうだという宣言

「宣言文」で表現されるもの

 

\begin{array}{ccc} 何かを定める宣言 & \left\{ \begin{array}{lcc} AをBとする \\ \\ AはBであるとする \\ \\ AをBと定める \\ \\ AがBになるとする \\ \\ AをBの本質とする \end{array} \right. \end{array}

 

「宣言文」はあくまでこれを表現するもので

実態は「何かを決める」という操作のことを指します。

(公理としては外延性内包性の2つがある)

 

 

 

 

 

主観における正しさ

 

「数理における正しさ」は

 

\begin{array}{lcl} 感覚的正しさ && だいたい正しい \\ \\ 数理的正しさ && 確実に正しい \end{array}

 

「正しいと感じる」の一部を意味していて

この範囲だけが「正しい」と『確定』します。

(正しいと確定している部分だけをまとめたのが数学)

 

 

しかし私たちの感覚は

 

\begin{array}{lcl} 感覚的正しさ && 基本的ここまで \\ \\ 数理的正しさ && 確認作業に当たる \end{array}

 

ここまで厳密に「正しさ」を認識できていません。

(検算が行えるのは一部だけで基本的に感覚的)

 

 

なので「正しさ」という概念は

分けて考える必要があって

 

\begin{array}{lc} 感覚的正しさ && ? \\ \\ 数理的正しさ && 数学で扱う正しさ \end{array}

 

特に「感覚的正しさ」を説明するものは

「数理的正しさ」とは別のものになります。

(確定的な正しさだけではその他の正しさを説明できない)

 

 

 

 

 

ほぼ確実に正しい

 

↑ の話から

「感覚的正しさ」の上で定義できるものとして

 

\begin{array}{ccl} 感覚的なドメイン &\Longleftrightarrow& 現時点で確認できる全ての例 \\ \\ 数理的なドメイン &\Longleftrightarrow& ある性質を満たす全ての例 \end{array}

 

「数理的な正しさ」に変換が可能な

(この時点で異なるのは変数のとれる範囲

 

\begin{array}{ccc} ほぼ確実に正しい &\Longleftrightarrow& 反例が現時点で存在しない \end{array}

 

「ほぼ確実に正しい(実際の真偽は不明)」という

「感覚領域の正しさ」を考えることができます。

(真偽はモデルの解釈の段階で定まる)

 

\begin{array}{ccc} Aはほぼ確実に正しい &\overset{解釈}{\longrightarrow} & Aは正しい \end{array}

 

この一部が「数理的な正しさ」ですが

両者が一致する保証はありません。

(これは一部と全による違い)

 

 

 

 

 


事実 Fact

 

|| 主観にとっての公理と定理

「ある主観にとって正しい」もの

 

\begin{array}{ccc} 事実 & \left\{ \begin{array}{ll} ほぼ全ての人が &正しいと感じる \\ \\ 共通認識として &正しいと感じる \\ \\ その人にとって &正しいと感じる \end{array} \right. \end{array}

 

この時点で「真偽」は確定していないので

(人によっては嘘も事実になる)

 

\begin{array}{ccc} 抽象概念 & \left\{ \begin{array}{ccc} 広義抽象概念 \\ \\ \\ 狭義抽象概念 & \left\{ \begin{array}{lcc} 個人的 & 1 \\ \\ 社会的 & n \\ \\ 本来的 & \mathrm{All} \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

これはこの形で定義しています。

(広義概念は全主観の狭義意味の総体)

 

 

 

 

 

演繹的事実 Reasonable

 

|| ほぼ確実に正しいものと妥当な推論規則

「数理的な演繹」の主観バージョン

 

\begin{array}{ccc} 本来的狭義の事実 & \left\{ \begin{array}{llc} 根源的 & \left\{ \begin{array}{ccc} 公理的事実 \\ \\ 定義的事実 \end{array} \right. \\ \\ \\ 妥当 & \left\{ \begin{array}{l} 演繹的事実 \\ \\ 統計的事実 \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

「主観」から見た「数学」のことで

 

\begin{array}{ccc} 数学 & \left\{ \begin{array}{ll} 公理と定義と定理 \\ \\ 主観にとっての本来的狭義事実の一部 \end{array} \right. \end{array}

 

『私たちにとっての数学』はこの一部になります。

(知識不足や認識不足のある数学が私たちの数学)

 

 

 

 

 

モデル理論との接続

 

↑ の分類における「公理的事実」というのが

 

\begin{array}{ccc} 公理的事実 &\overset{解釈}{\longrightarrow}& 公理 \end{array}

 

モデルにおける解釈」を説明できる概念で

(ほぼ全ての主観が真と判断する主張が公理

 

\begin{array}{ccc} 感覚 &\to& モデル \\ \\ ほぼ全ての主観で真 &\to& 真 \end{array}

 

これが数学の根底を支えています。

(つまり数学の根底から主観は排除できない)

 

 

 

 

 

完璧な分類は不自然

 

「根源的事実」と「妥当な事実」については

 

\begin{array}{lcl} 公理 &\overset{証明}{\longrightarrow}& 定理 \\ \\ 整列原理 &\overset{証明}{\longrightarrow}& 選択公理 \\ \\ 選択公理 &\overset{証明}{\longrightarrow}& 整列原理 \\ \\ \\ 定義 &\overset{証明}{\longrightarrow}& 定理 \\ \\ デデキント切断 &\overset{証明}{\longrightarrow}& コーシー列の同値類 \\ \\ コーシー列の同値類 &\overset{証明}{\longrightarrow}& デデキント切断 \end{array}

 

参考元になる概念の振る舞いをそのまま再現し

(公理も定義も採用する公理定義で定理になり得る)

 

\begin{array}{ccc} 根源∩妥当 & \left\{ \begin{array}{cccl} = &∅ && モデル定義済み \\ \\ ≠ &∅ && 感覚的な状態 \end{array} \right. \end{array}

 

「明確な境界」は無いとします。

(共通部分は公理や定義にも定理にもなり得る)

 

 

 

 

 

統計的事実 Statistics

 

|| 経験則や局所真理を含む事実

「データを正しいとする場合の事実」のこと

 

\begin{array}{lclcl} 演繹的事実 && 理論 &\to& データ \\ \\ 統計的事実 && データ(真と仮定) &\to& 理論(仮定) \end{array}

 

「見抜くのが難しい嘘」が入り得る領域で

(AIや世界最高の賢者であっても嘘の証明が困難)

 

\begin{array}{ccc} 統計的事実 & \left\{ \begin{array}{lcc} データに虚偽が無い \\ \\ データに虚偽がある \\ \\ \\ 概念の定義が普遍的 \\ \\ 概念の定義が誘導的 \end{array} \right. \end{array}

 

昨今はこれを利用した嘘が横行しています。

(無作為であるの部分で嘘を吐かれると検証困難)

 

 

 

 

 

最も見抜き辛い巧妙な嘘

 

「否定の証明が困難な嘘」の中でも

 

\begin{array}{ccc} 巧妙な嘘 & \left\{ \begin{array}{ll} 論理的矛盾 & \left\{ \begin{array}{ll} 詭弁 \\ \\ 誤誘導 \\ \\ 不当な一般化 \end{array} \right. \\ \\ \\ 虚偽のデータ & \left\{ \begin{array}{ll} 捏造 \\ \\ 隠蔽 \\ \\ 選択バイアス \end{array} \right. \end{array} \right. \end{array}

 

特に「統計的事実の嘘」を見抜くのは非常に難しく

(データの信頼性を意識されないことが多い)

 

\begin{array}{ccc} 見抜くのが困難 & \left\{ \begin{array}{lcl} 実際は偏ってる &\overset{嘘}{\longrightarrow}& ランダム \\ \\ 実際は選んだ &\overset{嘘}{\longrightarrow}& 選んでない \end{array} \right. \end{array}

 

これを否定するのは基本的に不可能です。

(特に権威が加わると否定がほぼ不可能)

 

 

 

 

 

嘘を吐かない騙す方法

 

よくある「結論ありき」な

 

\begin{array}{ccc} 誘導したい結論 &\to& 誘導的な概念の定義 \end{array}

 

「誘導的な概念の定義」については

 

\begin{array}{ccc} 気付く切っ掛け & \left\{ \begin{array}{lcl} 実感と食い違う &\to& 違和感 \\ \\ 論理的に変 &\to& ほぼ偽 \end{array} \right. \end{array}

 

そもそも「結論がおかしい」などの違和感から

 

\begin{array}{ccc} 検証項目 & \left\{ \begin{array}{l} データのとり方 \\ \\ データの定義 \\ \\ 使われている概念の定義 \end{array} \right. \end{array}

 

確認し検証するという形で

その違和感の正体(実態)は見抜くことができます。

(これはおかしいが「嘘ではない」点が非常に厄介)

 

 

とは言っても

 

\begin{array}{lcl} 誘導的概念定義 &←& 意図 \\ \\ \\ 寛容は正義 &←& 反論するな \\ \\ 和を乱すのは悪 &←& 上に逆らうな \\ \\ 大人の対応 &←& お前だけ苦しめ \\ \\ 平等にすべき &←& 努力してない自分にもよこせ \\ \\ 差別は悪 &←& 悪いやつも受け入れろ \end{array}

 

巧妙なものは非常に分かり辛いです。

(特に美徳へのすり替えは見抜き辛い)

 

\begin{array}{lcl} 悪寄り &\to& 正当化の根拠 \\ \\ 平等 &\to& 公正 \\ \\ \\ 善悪不明 &\to& 悪とされる根拠 \\ \\ 差別 &\to& 不当な危害 \end{array}

 

これの実態もこんな感じなんですが

多くの人がこの間違いに騙されています。

(平等に至っては真逆の概念が正当化の根拠になっている)

 

 

 

 

 

統計的事実に騙されないためには

 

「統計的事実」については

「全て」『参考』に留めるようにする

(データ至上主義だとこの段階で騙される)

 

\begin{array}{ccc} 統計的事実(データ上で真) &\to& 参考 \end{array}

 

『実体験として確認できるまで』は信じない

(抗生物質が細菌感染症に効くことは実感できる)

 

\begin{array}{ccc} \left. \begin{array}{ll} 実感として正しい \\ \\ 論理的に納得しやすい \\ \\ データに嘘を含める理由が薄い \end{array} \right\} &\to& ほぼ真 \end{array}

 

このようなスタンスでいれば

嘘や誘導に騙されることは回避できます。

(政治と金が絡む統計はデータ段階で嘘が入りやすい)