|| 実際に起きていることを認識すること
『おかしなことを修正する』ために必要な行為
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目次
方向性修正「現代数学の方向性の誤りについて修正」
主観性解釈修正「排除対象は主観ではなく矛盾」
意味解釈修正「意味は排除されず真偽確定可能性が薄まる」
現実「想像できるものが存在する領域」
現実メタ層「あらゆる存在が想像される広い層」
論理メタ層「現実メタ層を論理要請で狭めた層」
構文モデル層「証明要請が課された層」
集合モデル層「確実性が保証される層」
基礎感覚「人間が理解できる基礎的な感覚」
感覚「私たちのような主体の出力」
分かる「入力された主体の出力の感覚」
実体「入力されることになるもの」
真偽「正しいと間違ってるの表現の1つ」
全「野放図に広がってる感覚を表現した概念」
確実「疑いようがない感覚の言語表現」
存在「現実そのものにかかる制限」
可能性「存在の広がりという感覚の言語表現」
論理本質「論理であるという感覚を表現できる概念」
確認「人間が数えられる個数である感覚」
証明「条件から条件に合うものが導かれる感覚」
定義層「定義の中身を層構造で分割」
表現「定義の表現は層で分離できる」
感覚層「言語を受け取った主体の内的理解」
言語層「感覚や形式を言語で表現した形」
形式層「内容の真偽が問われない統一表現」
要請的定義「実体が必要無い定義」
述語「要請的定義の言語表現」
本質「要請的定義になるもの」
構成的定義「実体が必要な定義」
広義意味「定義対象の中身を全て持つ」
狭義意味「私たちが扱う概念の意味」
導入
名前の通り
「現実の観察」はあらゆることの基本で
\begin{array}{ccc} 実際にはこうじゃね? &\to& そうしておく \end{array}
これは「超数学」の基本アプローチになります。
(哲学と科学と数学に共通するアプローチ)
\begin{array}{lcl} 方向性修正 &\to& 実際と違くない? \\ \\ 現実 &\to& 実際はこうだよね \\ \\ 定義層 &\to& 現実を細分化してみた \end{array}
この記事でメインに扱うこれらも
『現実との整合』を目的として整備されています。
方向性修正 Overhaul
|| 現代数学の致命的な誤りについての修正
「解釈の統一」という『誤解』についての話
\begin{array}{lcl} 方向性 & \left\{ \begin{array}{lcl} 主観排除 × &\to& 矛盾排除 〇 \\ \\ 意味排除× &\to& 真偽確定可能性制限〇 \end{array} \right. \end{array}
『数学が分かり辛い原因』に関わるもので
基本的にはこの2つが修正されるべき要項になります。
主観排除という嘘
現実の観察から分かる通り
\begin{array}{lc} 主観の排除 && × \\ \\ 矛盾の排除 && 〇 \end{array}
実際の数学は『主観を排除していません』
(正確には主観を排除できたことは一度も無い)
\begin{array}{ccc} 記号が存在 &\overset{主観判断}{\longrightarrow}& 構文が正当化 \end{array}
実際、主観評価が無い場合
「構文の正当性」が消えるので『数学』が破綻します。
(構文レベルの話では『記号の存在』が前提になる)
実際に排除されているもの
排除しているのは「主観」ではない。
では『何を排除しているのか』という話ですが
\begin{array}{lcl} 矛盾の排除 &\to& 表現が精密になっていく \\ \\ &\to& 個人主観による誤差が削られていく \end{array}
これは実際には『矛盾』のことを指しています。
(言語表現に条件が加わることで誤読率が下がる)
\begin{array}{lcl} 矛盾排除 &\to& 解釈の個人差が減る \\ \\ &\to& 主観が薄まったように感じる \end{array}
『矛盾を排除している』結果として
『主観が薄まったように見えている』だけで
(主観はそのままに『個人差』が減っていく)
\begin{array}{lc} 主観が排除される && × \\ \\ 個人主観への依存度が下がる && 〇 \end{array}
『主観』が排除されたことは一度たりともありません。
(我々の認識主体は主観であり客観は認識不可)
実際の記号解釈
事実として
\begin{array}{ccc} \forall x \,\, P(x) & \left\{ \begin{array}{lcl} 分からん && ほとんどの人 \\ \\ 全称量化 && 知ってる人 \end{array} \right. \end{array}
『記号の解釈』は基本的にこうであり
『記号から』は「意味統一が起きていない」
\begin{array}{ccc} 記号表現 &\to& 大半の人は分からない \end{array}
『解釈の統一』は「自然言語定義」に依存していて
(より正確には誤解の無い自然言語表現が意味を絞る)
\begin{array}{lcl} 記号のみ &\to& 分からない \\ \\ 記号と記号の説明 &\to& 分かる \end{array}
「記号」はあくまで『文法の抽出』に過ぎません。
(我々の理解に接続しているのは形式ではなく言語)
意味排除という嘘
これは「主観性排除」という誤った方向性と
\begin{array}{lcl} 1は自然数 &\overset{一般化}{\to}& nは自然数 \\ \\ &\overset{記号化}{\to}& \mathrm{Natural}(n) \end{array}
『一般化の結果』が
「記号的である」という観察により
\begin{array}{lcl} 記号 & \to& いろいろ表現できる \\ \\ 記号 &\to& 記号自体が性質を持つ \end{array}
「構文が主役であるという錯覚」が生じた結果の嘘で
\begin{array}{lcl} 一般化 &\longrightarrow& 意味排除 & × \\ \\ 一般化 &\longrightarrow& 真偽確定範囲の変化 & 〇 \end{array}
実際には『真偽確定可能性制限』が起きており
「意味」は排除されていません。
意味は排除できない
実際、意味が排除されているとするなら
\begin{array}{ccc} P &\to& ? \\ \\ P &\to& Pは記号である & 〇 \end{array}
私たちはこれを『記号である』と認識できません。
(つまり「記号である」という定義は使えない)
しかし実際の「構文レベル」の定義は
\begin{array}{ccc} φ &\Longleftrightarrow& φは真と仮定された論理式記号である \end{array}
『記号の存在』を「暗黙の前提」としていて
(本当に意味が排除されているのならこの前提は使えない)
\begin{array}{lclcl} 意味無し &\to& Aは記号? &\to& 分からない \\ \\ 意味あり &\to& Aは記号? &\to& 分かる \end{array}
『記号とは何かを説明するもの』について
「事実上は認めている」状態にあります。
(つまり意味が無いという状態は現実と不整合)
現代数学は分からなくて当然
以上の現実観察から分かるように
\begin{array}{lcl} 主観排除 &\to& 認識主体と離れ過ぎる \\ \\ 意味排除 &\to& 理解可能性から離れる \end{array}
「主観排除」「意味排除」の方向性により得られた結果は
『分からなくて当然である』という結論が得られます。
実際、単なる事実として
\begin{array}{lcl} 自然言語の不当な省略 && ||p\$ &\to& ? \end{array}
これを『分かる』と言う人は嘘吐きです。
(『記号のみから』意味を読み取ることは不可能)
\begin{array}{lcl} A∧B &\Longleftrightarrow& AでありBでもある \\ \\ A∧B &\Longleftrightarrow& AかつBである \\ \\ A∧B &\Longleftrightarrow& A \,\, \mathrm{and} \,\, B \\ \\ &\vdots & \end{array}
「理解」のためには
『自然言語』が必要不可欠になります。
(数学の構文レベルでもこれは同様)
現実 Meta Layer
|| 私たちが扱えるなにか
『不整合な点』を見つける指標になるもの
\begin{array}{lcl} 真メタ層 && 無制限であるが故に何もない \\ \\ 存在メタ層 && 形而上の存在を要請されたメタ層 \\ \\ 現実メタ層 && 観察主体が感覚的に分かる範囲のメタ層 \\ \\ 論理メタ層 && 現実メタ層に論理要請を課したメタ層 \end{array}
「構文モデルの層」はこの具体的な層であり
\begin{array}{lcl} 言語層の定義 && 言語という記号そのもの \\ \\ 感覚層の定義 && 言語を認識した我々の感覚が定義 \\ \\ メタ層の定義 && 言語による感覚の代理表現 \end{array}
「言語(分かり易い記号)」という概念は
\begin{array}{ccc} 自然言語定義 & \left\{ \begin{array}{lc} 感覚層に近い自然言語定義 \\ \\ 形式層に近い自然言語定義 \end{array} \right. \end{array}
『構文モデル層と論理メタ層における実体』になります。
(メタ層での感覚層定義は直接共有できないが理解に直結)
現実メタ層と概念生成の順序
『我々のような観測者』を想定する場合
\begin{array}{ccc} 感覚公理 & \left\{ \begin{array}{lcl} 私たちは && 主体の存在感覚 \\ \\ 現実の && 立ち位置の存在感覚 \\ \\ 実体を && 入力の存在感覚 \\ \\ 感覚という形で && 出力の存在感覚 \\ \\ 分かっている && 接続の存在感覚 \end{array} \right. \end{array}
「現実の観察」により
(同型の概念の共通感覚を抜き出す)
\begin{array}{ccc} 基礎概念 & \left\{ \begin{array}{lcl} 感覚 && 主体の公理 \\ \\ 実体 && 主体にとっての現実の公理 \\ \\ 分かる && 感覚と実体の接続許可公理 \\ \\ 存在 && 現実そのものへの公理 \end{array} \right. \end{array}
「最初に置かれる」のは『我々が持つ性質』になります。
(つまり私たちの視点では概念の生成順序は私たちが最初)
存在と概念の生成
この視点において
\begin{array}{ccc} 基礎概念 & \left\{ \begin{array}{lcl} 感覚 && 主体の公理 \\ \\ 実体 && 主体にとっての現実の公理 \\ \\ 分かる && 感覚と実体の接続許可公理 \\ \\ 存在 && 現実そのものへの公理 \end{array} \right. \end{array}
これらは『使ってしまっている概念』であり
『基礎として置かなければ不自然』なものになります。
(あくまでこれらは代理表現であり実態は感覚)
\begin{array}{lcl} 感覚 &\longrightarrow& 出力,具体化,抽象化,結果,結論,... \\ \\ 実体 &\longrightarrow& 入力,存在,可能性,前提,真偽,確定,... \\ \\ 分かる &\longrightarrow& 述語,関数,写像,定義,接続,関連,... \end{array}
この他の諸概念は
『我々の基礎的感覚の言語表現』という形で得られ
(どれも本質的な感覚を共有しつつ別の感覚も含む)
\begin{array}{lcl} 感覚 &\longrightarrow& 具体的感覚や抽象的感覚 \\ \\ 感覚 &\longrightarrow& 実感や根源的感覚 \\ \\ 感覚 &\longrightarrow& 繋がる感覚や生成する感覚 \end{array}
我々はこの『感覚』を基礎として
(この基礎はこの時点では『概観』のみ)
\begin{array}{lcl} 感覚 &\to& 言語 &\to& 共有 \\ \\ 感覚 &\to& && 分かった \end{array}
「あらゆる概念」の『代理表現』を定義しています。
(共有可能になるのは言語だが根元には感覚が来る)
存在メタ層
以上のことから分かるように
『我々の考察の出発点』は「現実」であり
\begin{array}{lcl} 存在メタ層 && 現実メタ層の存在だけ残した抽象化層 \\ \\ 真のメタ層 && 存在すら抜いた無制限の層 \end{array}
「上位のメタ層」の定義は
\begin{array}{lcl} 現実メタ層 && 実体がある形而下のメタ層 \\ \\ 存在メタ層 && 実体を問わない形而上の層 \\ \\ 真のメタ層 && 存在すら問えない最上位の層 \end{array}
『現実メタ層の抽象化』になります。
(この辺りから人間の認識の外側の概念が入り込む)
上位のメタ層
補足しておくと
\begin{array}{ccc} 想像できないものは存在しない? &\to& 分からない \end{array}
「存在メタ層」より更に抽象的な
「真のメタ層」という最上位の層に至っては
\begin{array}{lcl} 見えたり触れるもの &\to& 物理的実体 \\ \\ 想像できるもの &\to& 脳内の実体 \\ \\ 想像すらできないもの &\to& 存在を否定できない \\ \\ 存在しないもの &\to& ? \end{array}
『存在すら分からない』ものも含むような
( ↓ も ↑ も言語は感覚の代理表現を含む)
\begin{array}{lcl} 存在を使えない &\to& なにかを導入したら存在メタ層へ \\ \\ &\to& なにも導入できない \\ \\ & \to& なにもできない \end{array}
『議論すらできない』領域になります。
(形而上の共通感覚は「否定と肯定ができない」)
基礎感覚
|| 概念理解順序から導かれるもの
「概念を理解する順序」を明示すると導かれる感覚
\begin{array}{lcl} 初期 && 粗く大雑把な把握 \\ \\ 補強 && 言語による補足や 具体例の確認 \\ \\ 本質抽出 && 抽象化・一般化の結果 \\ \\ 形式化 && 記号化・省略表現 \end{array}
「大雑把な理解」という出発点の話で
(我々の概念理解の実際の順序)
\begin{array}{lcl} 初期基礎感覚 && 粗くてぼやけてる \\ \\ 精度向上感覚 && 感覚が多くの情報で補強される \\ \\ 洗練基礎感覚 && 本質を抽出できた基礎感覚 \end{array}
我々は『似たような概念を多く知る』と
その「本質となる共通感覚」を得られるという
\begin{array}{cclcl} × && &\to& 本質理解 && × \\ \\ 雑な理解 &\to& 補強 &\to& 本質理解 && 〇 \end{array}
『概念理解の実態』をこれは説明しています。
(ただしこれらはあくまで言語による代理表現)
概念理解の精度は事後的に向上する
我々は『現実メタ層』からスタートするため
『言語などの情報を受け取った我々の感覚』は
\begin{array}{lcl} 雑な認識 &\to& 補強 \\ \\ なんとなく分かるような &\to& 徐々に理解 \end{array}
↑ で言っていたように
最初の時点では『粗く大雑把』です。
(この時点では「完全に理解している」状態ではない)
\begin{array}{lcl} 感覚 &\longrightarrow& 出力,具体化,抽象化,結果,結論,... \\ \\ 実体 &\longrightarrow& 入力,存在,可能性,前提,真偽,確定,... \\ \\ 分かる &\longrightarrow& 述語,関数,写像,定義,接続,関連,... \end{array}
『派生概念に共通する感覚』を参考に
『事後的に精度が高まる』のが我々の「理解」の順序
\begin{array}{lclcl} 最初 &\to& 中間 &\to& 結果 \\ \\ 雑な感覚 &\to& 補強 &\to& 精度向上感覚 \end{array}
そのため「感覚の精度」は
\begin{array}{c} よく分からん \\ \\ \\ 概念 & \overset{補強}{\longrightarrow} & \left\{ \begin{array}{lcl} 枠みたいな感じ \\ \\ 意味を持ってる感じ \\ \\ 情報と似てる感じ \\ \\ 言語に繋がる感覚とほぼ同じ \end{array} \right. \end{array}
「新たな情報が入力される」ことにより
『事後的に向上する』ことになります。
(この順序が現実と整合する)
事後的な感覚の言語定義
「数学」を代表とする形式体系の観察から
\begin{array}{ccc} 感覚 &→& 精度向上& →& 定義 &→ &形式化 \end{array}
これらはこのような順番にあるため
『感覚を最初とする』のであれば
\begin{array}{lclcl} 感覚 &\Longleftrightarrow& 主体の内的な出力 \\ \\ 実体 &\Longleftrightarrow& 存在が真と確定してる前提 \\ \\ 分かる &\Longleftrightarrow& 実体から感覚が得られる感じ \end{array}
『感覚の代理表現』として
「循環に見える自然言語定義」は正当化されます。
(各概念の感覚が『実体の感覚を補強する』)
\begin{array}{lcl} 感覚 &\Longleftrightarrow& 出力 &\Longleftrightarrow& 感覚 \\ \\ 実体 &\Longleftrightarrow& 存在 &\Longleftrightarrow& 実体 \\ \\ 分かる &\Longleftrightarrow& 繋がり &\Longleftrightarrow& 分かる \end{array}
これらは『言語と言語の関係』と考える場合
明らかに循環定義になりますが
\begin{array}{ccc} 感覚の代理表現 &\Longleftrightarrow& 言語のみ \\ \\ 実体 &\Longleftrightarrow& 存在 \end{array}
『言語の役割』を考えると
『感覚の代理表現』『言語そのもの』に分離できるため
\begin{array}{ccc} 言語は感覚の代理表現 && 言語を記号として扱う \\ \\ 実体の感覚 &≠& 実体という言語 \end{array}
『層が異なる』とすれば「循環定義」にはなりません。
(循環定義は層が一致する場合に起こり得る)
現代形式主義と強過ぎる制約
以上の手順から分かる通り
『現代の形式主義の厳密さ』は
\begin{array}{lclclcl} 感覚 &→& 精度向上& →& 定義 &→ &形式化 \\ \\ &{}& &×& 定義 &←& 形式 \end{array}
このプロセスの最終段階です。
(我々が理解できる領域からかなり離れてる)
\begin{array}{ccc} 精度向上 &\to& 多くの補強が必要 \end{array}
特に『精度向上の過程』が無視されている点が致命的で
ここが「感覚との接続」の大きな障壁になっています。
(補強が済んでいない感覚を要求される)
整理すると
\begin{array}{ccc} 数理 & \left\{ \begin{array}{lcl} 一定の知能 && 主体への物理的制約 \\ \\ 自然言語定義の保有 && 共有可能性 \\ \\ 概念補強が高水準 && 補強情報保有 \end{array} \right. \end{array}
『意味に紛れが無い』という形式主義の主張は
「厳し過ぎる制限」が前提の話なので
\begin{array}{ccc} 主観依存性が低い & \left\{ \begin{array}{lcl} 一定の知能を持っていて \\ \\ 既に高精度の感覚を有していて \\ \\ うまく説明できる人にとっては \end{array} \right. \end{array}
分からなくて当然であることが分かります。
(分かる人は補強用の知識を保有している人間)
共有可能性と誤った方向性
現代の数学における誤った形式化により
\begin{array}{lclclcl} 感覚 &→& 精度向上& →& 定義 &→ &形式化 \\ \\ &{}& &×& 定義 &←& 形式 \end{array}
『共有したい』という動機を持ちながら
「形式のみを重視した(誤り)」結果
\begin{array}{ccc} 分からない & \left\{ \begin{array}{lcl} 才能が無い && むしろある \\ \\ 能力が低い && 無知の知は優秀な証 \end{array} \right. \end{array}
こういった勘違いの要因が蔓延しましたが
\begin{array}{ccc} 共有したい & \left\{ \begin{array}{lcl} 記号は紛れが無い && 意味安定 & 〇 \\ \\ 記号は意味不明 && 理解可能性 & × \end{array} \right. \end{array}
「共有可能性」を重視するのであれば
\begin{array}{ccc} 精度向上 &\to& 多くの補強が必要 \end{array}
『補強』こそが最も重要であると
↑ の整理から導くことができます。
概念理解順序と正しい勉強法
またこの手順を意識すると
「正しい勉強の手順」も導くことができます。
\begin{array}{lcl} 感覚 && 大雑把な把握から \\ \\ 補強 && 追加情報で粗さを整える \\ \\ 定義 && 本質を述語で表現 \\ \\ 形式化 && 高精度での定着 \end{array}
そしてこれと同様に
\begin{array}{ccc} 覚えたい対象 & \overset{補強}{\longrightarrow} & \left\{ \begin{array}{lcl} 大まかな意味は && 概観 \\ \\ 五感情報の詳細 && 感覚情報 \\ \\ 対象の由来 && 動機 \\ \\ どういう時に使うか && 使用機会 \\ \\ 何に使いたいか && 動機想定 \\ \\ &\vdots \end{array} \right. \end{array}
「概念生成順序」に反するという形で
\begin{array}{ccc} 補強問題 & \left\{ \begin{array}{lcl} 同一反復 &\to& 追加情報極小 \\ \\ 無情報苦役 &\to& 追加情報極小 \\ \\ 無思考知覚 &\to& 追加情報極小 \end{array} \right. \end{array}
「無意味な勉強法」もまた導くことができます。
(初期の雑な感覚の精度向上をできてない人が多い)
無数の実体と集合知
↑ の話をより分解すると
\begin{array}{lcl} 感覚 &\longrightarrow& 出力,具体化,抽象化,結果,結論,... \\ \\ 実体 &\longrightarrow& 入力,存在,可能性,前提,真偽,確定,... \\ \\ 分かる &\longrightarrow& 述語,関数,写像,定義,接続,関連,... \end{array}
こういった無数の「実体(代理表現)」は
『現実には既に存在する』と言えるが
\begin{array}{ccc} 主体 & \left\{ \begin{array}{lcl} 個別 && 既存の実体の多くを持たない視点 \\ \\ 集合知 && 数多の実体を保有する視点 \end{array} \right. \end{array}
これは「主体を分けて考えなければならない」もので
(現実メタ層の大枠は現時点集合知主体の範囲)
\begin{array}{lcl} 未来時点主体 && 未発見の実体を含む \\ \\ 現時点主体 && 無数に近いが有限個の実体 \\ \\ 過去時点主体 && 忘却された実体も含む \end{array}
より厳密には「時間別」でも考える必要があります。
(正確に扱えるのは現時点なので基本的に現時点で考える)
現実メタ層の適切な範囲
整理すると
「現実メタ層」の『実体(代理表現)』は
\begin{array}{lcl} 個別主体 && この主体にのみ実体保有の確認が可能 \\ \\ 集合知主体 && 外部を含むが実体の保有は確認が可能 \end{array}
『個別主体の視点から』見ると
(個別主体は個人の感覚なので外部から扱えない)
\begin{array}{ccl} 現実メタ層 &\to& 共有された言語 \\ \\ &\to& 他人の感覚の代理表現 \\ \\ &\to& 自分に無い感覚ならその時点では不明 \end{array}
『他者の感覚を表現する言語』という形で現れます。
(現実においては実体という形で外部への接続が可能)
\begin{array}{lcl} 高精度の感覚を保有する他者 &\to& 言語で共有 \\ \\ 未知なら初期段階での感覚は低精度 &←& 言語 \end{array}
そして「個別主体」におけるその『補強』は
「事後的に追記されていく」ことになるので
\begin{array}{lcl} 個別視点 && 常に高精度にはならない \\ \\ 集合知視点 && 言語を定めた高精度視点を保有できる \end{array}
『高精度の感覚を保有する視点』は
「個別視点のみ」では基本的に用意できません。
(共有できるのは言語であり感覚は共有されない)
まとめると
\begin{array}{lcl} 現実 & \left\{ \begin{array}{lcl} 未知が存在する \\ \\ 他者が存在する \\ \\ 共有された知恵が存在する \end{array} \right. \end{array}
実際の『現実の感覚』を表現するには
\begin{array}{lcl} 自分は認識してない &\to& 現実かも \\ \\ 誰も認識してない &\to& 現実ではない \end{array}
「個別視点」では説明能力が足りず不適切であることから
\begin{array}{ccc} 集合知視点 & \left\{ \begin{array}{lcl} 未知 &\to& 人類範囲外未知 \\ \\ 他者 &\to& 個別と統合される \\ \\ 共有知識 &\to& 全体を扱える \end{array} \right. \end{array}
「現実メタ層」の範囲として適切なのは
『集合知という主体の視点』であると言えます。
(実際にそうであるように我々個人は現実の全てを扱えない)
また時間においても
「確認可能性」を考慮に入れるなら
\begin{array}{lcl} 未来時点主体 && 未発見の実体を含む \\ \\ 現時点主体 && 無数に近いが有限個の実体 \\ \\ 過去時点主体 && 忘却された実体も含む \end{array}
『現時点』という縛りが付くため
(現時点は近過去と近未来の範囲個別指定により定義)
\begin{array}{ccc} \begin{array}{lcl} 未来時点 && 未発見の実体にアクセス不可能 \\ \\ 現時点 && ほぼ全ての情報にアクセス可能 \\ \\ 過去時点 && 忘却された実体などにアクセス不可能 \end{array} \end{array}
「現実メタ層」の範囲として適切なのは
『現時点』『集合知の視点』になると言えます。
(現時点の定義的に未知のものが入り得るためほぼ全て)
集合知視点であり時間的に可変である
以上の整理から分かるように
\begin{array}{lcl} 時間別現実 & \left\{ \begin{array}{lcl} 過去 && 喪失した実体を含む \\ \\ 現在 && 人類が認識できる範囲 \\ \\ 未来 && 未発見の実体を含む \end{array} \right. \end{array}
『現実』は「可変の概念」であり
\begin{array}{ccc} 現実 & \left\{ \begin{array}{lcl} 時間 && 範囲指定 \\ \\ 認識主体 && 人類の集合知 \end{array} \right. \end{array}
それでいて「条件が明確」であることから
\begin{array}{lc} 現実メタ層 && 個人 &\to& 人類 \\ \\ 存在メタ層 && 現時点集合知 &\to& 全域全観測者 \end{array}
これを境界とすれば
『存在メタ層』の役割を
\begin{array}{ccc} 存在メタ層 & \left\{ \begin{array}{lcl} 時間 && 過去と未来の限界範囲 \\ \\ 認識主体 && 観測が可能な視点の総体 \end{array} \right. \end{array}
「存在する可能性」についての層であると整理できます。
(認識主体が人類の存在メタ層が我々が扱える限界)
観測が可能な視点
またこの整理により
\begin{array}{lcl} 個人 &\overset{一般化}{\to}& 人類 &\overset{一般化}{\to} & 観測者全体 \end{array}
『観測者という概念の感覚』として
(全てに共通する『存在という概念の感覚』を抜き出す)
\begin{array}{ccl} 観測が可能な視点 &\to& 存在の感覚を内的に出力可能 \\ \\ 観測者 &\Longleftrightarrow& 存在の感覚を内的に出力可能 \end{array}
このような定義が妥当であることが分かります。
(これは最低限の定義なので実運用では肉付けする)
論理本質
以上のような形で
「現実メタ層」の話は無数にできますが
\begin{array}{ccc} 現実メタ層 & \left\{ \begin{array}{lcl} 存在(代理表現) &\to& 最抽象概念 \\ \\ 感覚(代理表現)&\to& 出力派生概念 \\ \\ 実体(代理表現) &\to& 入力派生概念 \\ \\ 分かる(代理表現)&\to& 接続派生概念 \end{array} \right. \end{array}
実際の感覚通り
『現実メタ層内の全て』は「把握できません」
\begin{array}{lcl} 無制限の全 &\to& 中身は好きに追加可能 \\ \\ 存在しない &\to& 無制限の全を確認する必要が \end{array}
これは「人間」などのハードに由来する
『確認可能性』という概念の観点から
(無限の情報を認識できるなら話は別)
\begin{array}{lcl} Aは全て~ &\to& 全て~でない可能性は否定不可 \\ \\ Bは存在しない &\to& 存在する可能性は否定不可 \end{array}
「定理的な事実」として導かれるただの事実です。
(この感覚が論理という概念の原感覚になる)
確認可能性の精密な代理表現
『確認可能』という言語が表す感覚は
「論理」の全てに共通することになる感覚で
(正確には論理制約ではなく人間への制約)
\begin{array}{ccc} 確認可能性 & \left\{ \begin{array}{lcl} 実体有限性 && 有限個の対象 \\ \\ 記号有限性 && 有限個の記号 \\ \\ 感覚的判定可能性 && 感覚的に分かる \end{array} \right. \end{array}
「正確な代理表現」はこのような感じになります。
(右の3つの本質を同時に満たす感覚が「確認」になる)
\begin{array}{lcl} 実体有限性 && 確認の回数が有限 \\ \\ 記号有限性 && 表現の記号数が有限 \\ \\ 感覚的判定可能性 && 正しく感じる(間違いも) \end{array}
加えて「補強」についてはこんな感じです。
(人間視点では「人が数えられる」という制限が付く)
補足しておくと
\begin{array}{lcl} 可能性 &\to& 確定 \\ \\ できる &\to& する/しない \end{array}
『可能性の感覚』は
「できる」の『抽象的な感覚』になります。
(する/しないを決める前の段階と考えると整合的)
確認可能性と証明可能性
また『論理メタ層に明らかに存在する』
「定理的事実」の感覚から
\begin{array}{lcl} Aは全て~ &\to& 全て~でない可能性は否定不可 \\ \\ Bは存在しない &\to& 存在する可能性は否定不可 \end{array}
『証明という概念の感覚』として
(ここでの「証明」は感覚の代理表現)
\begin{array}{lc} 集合モデル層 && 公理の集まり &\to& 1つの論理式 \\ \\ 構文モデル層 && 真仮定記号有限列 &\to& 真仮定記号 \\ \\ 論理メタ層 && 前提 &\to& 結論 \end{array}
『論理メタ層における証明』は
\begin{array}{ccc} 証明できる &\Longleftrightarrow& 前提から結論が導かれる \end{array}
そのままこのように定義することができます。
(これで要請的定義 → 構成的定義なども証明として扱える)
証明と形成の順番
↑ の話を正確に表現すると
\begin{array}{ccc} 証明できる &\Longleftrightarrow& 前提から結論が導かれる \end{array}
これは「定義できる」というより
\begin{array}{ccc} ~だから &\to& 証明の感覚 \end{array}
『証明という概念の原型』となる「感覚」で
(形式的な証明以前からこの感覚は存在する)
\begin{array}{lclcl} 源感覚 && 前提 &\to& 結論 \\ \\ 厳密化 && 公理の集まり &\to& 論理式 \\ \\ 構文化 && 真仮定記号有限列 &\to& 真仮定記号有限列 \\ \\ メタ整理 && 条件 &\to& 条件と整合する話 \end{array}
現代数学のこれらはこの具体例になります。
(方向性の誤りにより原型が不当に省略された)
論理への最小要請
以上、現実の整理により
『分かるの構成』として導かれる「2つの要請」が
\begin{array}{ccc} 論理 & \left\{ \begin{array}{lcl} 確認可能性 && 扱える \\ \\ 証明可能性 && 導ける \end{array} \right. \end{array}
『論理メタ層』を構成する本質になります。
(これを具体的にしたものが各理論)
定義層 Definition Layer
|| 定義の種類を分類して整理したもの
『現実に整合する』ような「定義の解体」
\begin{array}{ccc} 定義層 & \left\{ \begin{array}{lcl} 表現 && 記号と自然言語と感覚 \\ \\ 要請 && これはこうあるべきとか \\ \\ 構成 && 層によって違う感じ \end{array} \right. \end{array}
『現実』の観察における概念の振る舞いから
『定義』は「単純な概念ではない」と分かります。
\begin{array}{lcl} 要請的定義 && 感覚定義 & 言語定義 & 形式的定義 \\ \\ 構成的定義 && 感覚定義 & 言語定義 & 形式的定義 \end{array}
これはそれを整理した成果で
これによりいろいろなことが整理されます。
定義の感覚
念のため深堀しておくと
この『定義』という概念は「分かる」の派生感覚で
\begin{array}{ccc} 定義 & \left\{ \begin{array}{lcl} ある対象の感覚とその説明の接続 \\ \\ 説明は十分に補強されている \\ \\ 全体的に曖昧さが薄い \end{array} \right. \end{array}
補強としてはこのような感じです。
(下の2つは初期段階だと他者の主観的な事後的評価)
定義記号 ⇔ の整理
以上の「定義という感覚」の『省略表現』として
\begin{array}{ccc} 感覚の代理表現 & \left\{ \begin{array}{lcl} \begin{array}{lcl} A⇔B \\ \\ AをBと定義する \\ \\ 対象AをBで説明する \\ \\ \mathrm{Define} \,\, A \,\, \mathrm{as} \,\, B \\ \\ A \,\, \mathrm{is \,\, defined \,\, as} \,\, B \end{array} \end{array} \right. \end{array}
「定義の感覚を省略表現する記号 ⇔ 」は
( ⇔ は定義や \mathrm{Define} が指す同一感覚の代理表現)
\begin{array}{lcl} 集合モデル && 真偽確定なので入れ替え可能 \\ \\ 構文モデル && 記号は感覚の代理表現なので入替可能 \\ \\ 論理メタ層 && 記号同士であれば入替可能 \\ \\ 現実メタ層 && 対象と説明は別なので基本的に入替不可 \end{array}
このような形で定義されます。
(感覚と言語は入れ替えができない)
表現 Form
|| 実体の細分化と適切な解体
「構文(文法)」の正確な整理から得られる成果
\begin{array}{lcr} 誤った方向性 &\to& 内容+文法 \\ \\ 正確な方向性 &\to& 感覚+内容+文法 \end{array}
これは形式体系の粗い分類を整理したものでしかないので
(修正前数学はメタ層で感覚と文法が混在してる)
\begin{array}{ccc} 表現 & \left\{ \begin{array}{lcl} 感覚層 && 共有不可能だが理解可能 \\ \\ 言語層 && 共有可能で理解可能 \\ \\ 形式層 && 共有可能だけど理解不可能 \end{array} \right. \end{array}
現行の数学と衝突することはありません。
(未整理の部分に名前を付けて分類しただけ)
感覚層 Sense
これは最上位の層なんですが
『情報を入力される主体の感覚』なので
\begin{array}{ccc} Aの感覚 &\overset{伝達}{\longrightarrow}& 言語 \\ \\ Bの感覚 &\overset{伝達}{\longleftarrow} & 言語 \end{array}
『言語による代理表現』しかできないものになります。
(私たちの理解の根底にあるのがこの感覚層の定義)
言語層 Language
これは『定義表現の主役』になります。
(共有可能な基礎定義はこれです)
\begin{array}{ccc} 言語 & \left\{ \begin{array}{lcl} 代理表現として感覚を補強する \\ \\ 形式の意味を説明する \end{array} \right. \end{array}
前後の層への役割がそれぞれあり
(役割の切り替えで言語の位置は変わる)
\begin{array}{lcl} 感覚層での言語 &\to& 感覚を説明する代理表現 \\ \\ 形式層での言語 &\to& 記号の意味を説明する \end{array}
『よく混同されている部分』になります。
(感覚層と形式層の言語を区別しないことが多い)
補足しておくと
\begin{array}{lcl} 分かる言葉 &\to& 本質的な多くの感覚に接続 \\ \\ 分からない言葉 &\to& 視覚聴覚情報のみに接続 \end{array}
私たちは常にこの感覚を使い分けています。
(これは感覚層と言語層の境界が分かる代表例)
形式層 Symbol
ちょっと専門的な話になりますが
「形式」は『内容と分離された文法』です。
\begin{array}{lcl} 集合モデル &\to& 構文モデル \\ \\ 論理式 &\to& 真仮定論理式記号 \end{array}
これは「統一的な言語としての記号」を使った
『記号の振る舞い』の話になります。
(これの詳細は推件式の記事で)
形式層と感覚層
↑ でも言ったように
\begin{array}{lc} 感覚 &\to& 言語 &\to& 記号 \\ \\ && × &←& 記号 \end{array}
「形式層の定義」は『記号のみ』なので
『理解可能性』が基本的には剥離されています。
(構文の層では記号の有限列である文の内容を見ない)
\begin{array}{lcl} + &\to& 足し算 &\to& 増える感覚 \end{array}
ただ、私たちの脳機能は
このように情報を連結してしまうことがよくあるので
(これが馴染んだら記号と感覚が直結するようになる)
\begin{array}{c} 0 &\to& 無い感じ &\to& 無い感覚 \\ \\ !p!p!< &\to& ? &\to& × \end{array}
『自然言語により感覚と接続されたもの』は
「理解できる形式層表現」になり得ます。
(ただし基本的には分からない)
要請 Core
|| こういう性質を持つべきという形の説明
「人間が扱える」形の『最小の構造指針』
\begin{array}{ccl} 前提 & は & 無条件で真と確定しなければならない \\ \\ 真偽 &は& 前提がある時だけ確定する \\ \\ φ & は & 真と仮定された論理式記号である \\ \\ x &は & ~でなければならない \\ \\ x & は & P \end{array}
「取り出された本質」を意味する
\begin{array}{ccc} 要請 &→& 運用 &→& 整理 &→& 述語 &→& 内包定義 \end{array}
『述語』という形でこの定義は表現されます。
(述語としての厳密な定義は整理された結果)
論理メタ層の定理
↑ で先に話した ↓ は
\begin{array}{lcl} Aは全て~ &\to& 全て~でない可能性は否定不可 \\ \\ Bは存在しない &\to& 存在する可能性は否定不可 \end{array}
この「要請的定義」に関するもので
(確認可能性を要求すると論理メタ層でNGになる)
\begin{array}{ccc} 確認可能性(前提)+要請(追加) \\ \\ \Downarrow \\ \\ 確認できるか? \end{array}
この層ではこのような形の推論が許されます。
(数理はこの推論の形をより記号的にした具体形)
補足しておくと
\begin{array}{lcl} Mは全てモデル &\to& 無制限の全を走査 & × \\ \\ Mはモデルの性質を持つ &\to& 有限手順で確認可能 & 〇 \end{array}
「集合モデル」「構文モデル」の層では許されないが
\begin{array}{lcl} 全ては数値化できる &\to& 確認できない && × \\ \\ 認識の限界は存在しない &\to& 確認できない && × \end{array}
『論理メタ層でなら許される推論』は
こういうものが具体例として挙げられます。
許可範囲の拡大縮小による区別が層
まとめると
「構文モデル層」の観察から分かるように
\begin{array}{lcl} 構文 && 論理式記号操作の許可を評価 \\ \\ 集合 && 論理式の内容を評価 \\ \\ 論理 && 確認できるものを評価 \\ \\ 現実 && 分かるものを評価 \end{array}
『分離された層』の「評価基準」は
どの層も明確に異なっています。
これに加えて
\begin{array}{lcl} 現実 && 分かる/分からない \\ \\ 論理 && 確認できる/できないと分かる \\ \\ 構文 && 許可/不許可記号操作だと分かる \\ \\ 集合 && 前提の下で真/偽確定と分かる \end{array}
『現実メタ層の評価基準』は
『下位の層の全てに共通している』ので
\begin{array}{ccc} 現実メタ&>&論理メタ &>& 構文+集合 \end{array}
これで「層の関係」が明確に整理できます。
(下位が持たないものを上位は持ち得る)
補足しておくと
\begin{array}{lcl} 論理メタ層の言語と感覚 &\to& 構文モデルの要請的定義 \\ \\ 論理メタ層の言語と感覚 &\to& 集合モデルの要請的定義 \end{array}
「構文」と「集合」は『分離されたもの』であり
『共通のメタ言語』は「論理メタ層」のものになります。
(「記号である」などの述語が構文内に無い定義の典型例)
モデルの観察と真偽
以上の「述語」の感覚から分かる通り
\begin{array}{ccc} 真 & \left\{ \begin{array}{lcl} 現実メタ層 && 分かる \\ \\ 論理メタ層 && 確認できる \\ \\ 構文モデル層 && 許可されてる操作である \\ \\ 集合モデル層 && 前提の下で真と確定する \end{array} \right. \end{array}
『真偽という概念の感覚』は
「層に関わらず共通している」と言えるため
\begin{array}{lcl} 現実メタ層 && 前提が無くても感覚不整合は分かる \\ \\ 論理メタ層 && 前提が無くても無矛盾は確認できる \\ \\ 構文モデル層 && 許可された操作は確実に分かる \\ \\ 集合モデル層 && 前提のおかげで確実に正しい \end{array}
「構文・集合モデルの役割」は
『確実性に関わる』ということが分かります。
(真偽には触れず確実性を保証している)
またこの整理により
\begin{array}{ccc} 真偽感覚 & \left\{ \begin{array}{lcl} 述語で代理表現される \\ \\ 確実に2値の評価になると分かる \\ \\ 感覚的に確定しないなら評価適用外とする \end{array} \right. \end{array}
このような『補強となる代理表現』が導かれます。
(不明なものは「分からない」判定で弾かれる)
メタ層における矛盾
またこの整理により
\begin{array}{ccc} 矛盾 & \left\{ \begin{array}{lcl} 集合モデル && 真偽がどちらかに確定しない \\ \\ 構文モデル && 記号操作として許可されてない \\ \\ 論理メタ層 && 確認可能ではない \\ \\ 現実メタ層 && 分からない \end{array} \right. \end{array}
『矛盾という概念の感覚』もまた
\begin{array}{lcl} 矛盾 &\to& 上位の層へ \end{array}
このような形で補強することができます。
(モデル内で真偽不明なら外側のものという感じ)
\begin{array}{lcl} 分からない &\to& 要請を表す言語は現実メタ層の範囲 \\ \\ 分からない &\to& 言語が感覚に接続していない \end{array}
そしてこの整理によって
『記号は現実メタ層に存在する』が
『記号が指す対象は存在しない』という
\begin{array}{ccl} 分からない &\to& 想像すらできない \\ \\ &\to& 存在する可能性は否定できない \end{array}
形而上の「存在メタ層」に繋がります。
(我々は感覚的に分かるものだけの世界で生きている)
多値論理の整理と真偽感覚
更にこの整理を用いれば
\begin{array}{ccc} 2値 & \left\{ \begin{array}{lcl} 集合モデル && 前提の下で真偽が確定するか \\ \\ 構文モデル && 許可されてる記号操作か \\ \\ 論理メタ層 && 確認できるか \\ \\ 現実メタ層 && 分かるか \end{array} \right. \end{array}
『多値論理』を「2値論理に分解」し
(「Aである」が分かるなら「Aである以外」も分かる)
\begin{array}{lcl} 集合モデル && 真偽が確定しないものは上位の層 \\ \\ 構文モデル && 許可されない記号操作は上位の層 \\ \\ 論理メタ層 && 確認できないものは上位の層 \\ \\ 現実メタ層 && 分からないものは上位の層 \end{array}
『層が異なる』という形で整理できます。
(多値論理は別の層の2値を同じ層で扱おうとした結果)
構成 Object
|| 定義したい対象をなにかと同一視する形の説明
『実際の中身の集まり』で定義する方法
\begin{array}{lcl} 要請的定義 && 述語のみ \\ \\ 構成的定義 && 要請を満たすものの集まり \end{array}
『共有可能』な「本質(述語)」と異なり
(より正確には言語は共有されるが感覚は共有されない)
\begin{array}{ccc} りんご & \left\{ \begin{array}{lcl} 食べた経験あり &\to& 味覚情報を持つ \\ \\ 見た経験のみ &\to& 味覚情報を持たない \end{array} \right. \end{array}
「感覚層」におけるこれは
『理解可能』な「経験的事実」を指します。
(感覚層のこの構成的定義がほとんど共有できない)
感覚の構成的定義は中身の確認ができない
「言語」は『共有可能』だが
「感覚」は『共有できない』というのは
\begin{array}{lcl} 言語 &\to& 視覚情報+聴覚情報+触覚情報 \\ \\ 感覚 &\to& 把握できないほどのあらゆる情報 \end{array}
より正確には
\begin{array}{lcl} 感覚の全体把握 &\to& 仮に脳内情報を全て記述できるとする \\ \\ &\to& 脳細胞とその経路の情報が記述される \\ \\ &\to& 全て読み上げるまでに寿命が尽きる \end{array}
『自分でも正確な説明ができない』という意味で
(人間に数えられる記号の数という制限に引っかかる)
\begin{array}{ccl} 感覚 &\to& 把握できない感覚情報 \\ \\ &\to& 感覚情報をなんとか伝えたい \\ \\ \\ &\to& 感覚を局所的に言語化する \\ \\ &\to& 感覚の代理表現である言語だけ伝わる \\ \\ \\ &\to& 言語を解釈するのは他者 \\ \\ &\to& 感覚層の構成的定義の中身は他者の経験情報 \end{array}
「一致しない」ではなく
『一致を確認できない』ものになります。
(共通する感覚はあるだろうという予想はできる)
補足しておくと
\begin{array}{lcl} 脳内 &\to& ディープラーニング \\ \\ 機械 &\to& ディープラーニング \\ \\ &\to& 特徴量の全記述で記号数は兆を軽く超える \\ \\ &\to& 資源や内部制約により全記述はできない \\ \\ &\to& 人間が確認できる形で出力できない \end{array}
これは「機械の内部」を考えると分かり易いです。
(ある時点の正確な構成的定義そのものは存在する)
全体と一部は異なる
『一致を確認できない』というのは
『中身を確認できない』の結果で
\begin{array}{lcll} 対象の感覚 && 情報を全て記述できない & 共有不可 \\ \\ 感覚の一部 && 言語や絵などで代理表現可能 & 共有可能 \end{array}
これを補強するものとして

「全体」と「一部」は異なる
という事実もまた浮き彫りになります。
(見た目的には集合と部分集合の関係と同型)
広義抽象概念と構成的定義
以上のことをまとめると
\begin{array}{lcl} 本質(述語)&& 確認できる \\ \\ 中身 && 全ては確認できない \end{array}
「要請的定義を満たす全て」の「構成」は
『個人では確認できない』ものになると分かるので
\begin{array}{lcl} 広義抽象概念 & \left\{ \begin{array}{lcl} 要請を満たすもの全て \\ \\ 個人は一部だけ確認できる \end{array} \right. \end{array}
「広義抽象概念」は
\begin{array}{lcl} 述語 &\to& 記号が有限個なら確認可能 \\ \\ 構成 &\to& 要素が有限個なら確認可能 \end{array}
『本質(述語で代理表現)』と
『確認できる具体例』だけが分かると言えます。
(つまり広義抽象概念の構成的定義は扱えない)
狭義抽象概念と構成的定義
「広義抽象概念の構成的定義」は扱えないが
『広義抽象概念の一部』は扱えることから
\begin{array}{lcl} 広義抽象概念の構成的定義 &\to& 扱えない \\ \\ 広義抽象概念の構成的定義の一部 &\to& 扱える \\ \\ &\to& 狭義抽象概念 \end{array}
『私たちが扱える抽象概念』として
\begin{array}{lcl} 本質 &\to& 広義抽象概念の要請 \\ \\ &\to& 広義抽象概念の構成的定義の一部 \\ \\ &\to& 恣意的な中身となる情報の選択 \\ \\ &\to& 狭義抽象概念の形成 \end{array}
このような手順で「狭義抽象概念」は定義できて
(現実で抽象概念が便利に使われる手順から)
\begin{array}{lcl} 本来的狭義 && 中身が客観に近い \\ \\ 社会的狭義 && 中身が共通認識に近い \\ \\ 個人的狭義 && 個人が持つ中身 \end{array}
その中身はこのような形で分類することができます。
(中身は時間により可変であり個人的狭義は共有不可)
広義抽象概念と論理メタ層と現実メタ層
以上の観察から分かるように
\begin{array}{lcl} 論理メタ層 && 広義抽象概念の構成的定義は扱えない \\ \\ 現実メタ層 && 広義抽象概念の感覚は分かる \end{array}
この「広義抽象概念」は
『現実メタ層と論理メタ層の境界』に当たると言えて
(両方の層は感覚的かつ主観的な判断が許される)
\begin{array}{ccc} 無制限全 & \left\{ \begin{array}{lcl} 論理メタ層で要請的定義は扱える \\ \\ 論理メタ層で構成的定義の一部は扱える \end{array} \right. \end{array}
『無制限の全』について
「扱える部分」を浮き彫りにしてくれます。
(論理メタ層では構成的定義に制限がかかる)
無制限の全と集合論との比較
この「層の境界」の話は
実は「集合論」の自然な拡張になっていて
\begin{array}{ccc} 集合論 & \left\{ \begin{array}{lcl} 扱う対象 &\to& 集合 \\ \\ 論理式 &\to& 集合モデル層の述語 \\ \\ 無制限内包 &\to& 制限内包 \end{array} \right. \end{array}
『集合論の無制限内包』の話を
(論理式は集合モデル内で解釈が与えられた述語)
\begin{array}{ccc} 論理メタ層 & \left\{ \begin{array}{lcl} 扱う対象 &\to& 分かるもの \\ \\ 本質 &\to& 確認可能な述語 \\ \\ 無制限全 &\to& 構成的定義に制限付与 \end{array} \right. \end{array}
「集合モデル内」の「論理式」から
『論理メタ層内』の『確認可能な述語』に広げています。
(つまり後付けで集合モデルに変換できる)
集合モデル層と論理メタ層
まとめると
\begin{array}{lcl} 論理メタ層 && 形式層+言語層+感覚層 \\ \\ モデル層 && 形式層+言語層 \end{array}
この2つは現代ではこのような関係になっており
(実際には感覚層が曖昧なので完全分離は起きてない)
\begin{array}{lcl} 論理メタ層 &\to& 自然言語(言語層と代理表現) \\ \\ &\to& 感覚的に正しさが分かる \\ \\ \\ &\to& ほぼ全ての人が正しいと分かる \\ \\ &\to& モデルで真偽を確定する \\ \\ &\to& 集合モデル層へ \end{array}
この2つの層はこのような形で接続されています。
(理解可能の範囲へ行くには論理メタ層が必須)
